今日或るお客さんとお喋りしていて、過去の製品で大ヒットとなったキットに共通する特徴は何だったかという話題になりました。そのなかで私が引合いに出させていただいたのが、その昔ALTECの大ヒット商品”
DIG”を企画し、その後オーディオ評論界の重鎮として活躍された故 篠田寛一さんとご一緒した時の思い出です。
その時、先生は「実はオーディオ製品は完全無欠であってはダメなんだ。使っていて手を入れたくなる何かを持っていないと製品も使う人も成長しない」と仰っていて、なるほどと膝を打ちました。
もちろん設計的に不完全だったり使っていて機能不全に陥るようなことがあって良いという話ではありません。アンプ的に言えば、”真空管を○○に交換したら別物になった”とか”カップリングコンデンサーを△△にグレードアップすると凄く音がよくなるよ”といった経験や伝聞によって、自分にとってより身近で一体感を感じられるような製品に高まっていく余地を残した製品が実は永く愛されるポイントの一つだという意味です。
今から30年以上前、中国製の300Bが市場に出回り始め、一気に300Bブームが高まったころ、自分も一台作ってみたいという衝動に駆られ様々なオーディオ雑誌や技術誌を読み漁りました。なにしろそれまで300BといえばWestern、我々一般ピープルにとっては”声聞けど姿みえず”、憧れだけでリアリティの全くない存在でした。
それまで6L6GCや6BM8のアンプを自作することはあっても300Bアンプを自身で手掛けることなどイメージになく、当時の製品はそれこそ給料の何か月分(以上)というものばかり。自分には無縁の存在だったのが一気に射程距離内に入ってきたのですから興奮するなというのが無理というものです。
半年か一年か...目を皿のようにして調べた結果、行きついたのが当時のラジオ技術誌で頒布されていたこのパーツセット。


選んだ最大の理由はズバリ真空管別で50,000円という値段でした。簡単な製作記事を頼りに完成したのは95年の暮れだったと思います。元の回路は6SL7のSRPPだったのですが、直ぐに直結二段増幅ドライブに改造したり、更なる高みを目指して、当時はまだ安かった中古のWestern 310Aによる五極管ドライブなどもを試しました。残念ながら実機は残っておらず、別の300Bシングルの部材として再活用しましたが、このパーツセットが教えてくれたことは量り知れず、いまも自分の根底に流れていると感じます。
気に入って手に入れたアンプを”もっと良い音で聴きたい”という動機は誰にでも共通ですが、そのアプローチは十人十色です。オーディオの楽しさはその発展性の多様さにあるのだと改めて感じています。不完全であるがゆえの可能性もあるということですね。