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メーカーに人あり、アンプに歴史あり

今月末に大きな輸出案件があって制作と検品が間に合うかギリギリのタイミングなので、今月の認定中古はお休みにしようかとも思ったのですが、少なくてもいいから準備出来るものを出品させていただこうと決めて、時間を見つけては整備に勤しんでいます。

そんななか、今日は私も初めて見るエレキットのTU-898の入荷検査をさせて頂きました。
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調べてみると発売は96年頃のようですから、当社がオーディオ事業に参入する前の製品です。6SL7(SRPP) - 300Bという構成の300Bシングル(モノラル×2)です。
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この頃から基板を採用しているものの、現在の同社の製品とはかなり趣を異にしていて大変興味深いですね。良く見ると内部の抵抗等にハイグレード品を採用していたりして拘って制作された品物であることが分かります。

早速測定してみると非常に特徴ある設計であることが分かりました。300Bのプレート電圧(実効値)はプレート330V-カソード50V=280Vと低め。プレート電流も50V÷910Ω=55mAと低く、300Bのプレート損失40Wから考えると50%以下の超安全設計といえます。個体的な劣化でなく、マニュアルにもその通りの定格値が記載されていたので間違いではありません。

さらにゲインを測定していると13dB(4.5倍弱)という値で、一般的は真空管パワーアンプのゲインである25~27dB(20倍前後)と比較して極めて低く設定されていることも分かりました。公称最大出力6Wを得るために2V近い入力が必要という計算になります。

懇意にしているメーカー担当者さんに電話して”どういう意図でこういう設計したの?”と訊いてみたところ、”自分が入社する前の製品で設計者も引退しているのでよく分からない”とのことでしたが、いろいろと弄っているうちに ”このアンプはマルチの高域にピッタリだな”ということに気づきました。

真空管アンプユーザーにはチャンデバで帯域分割を行い、それぞれの帯域に最適なアンプを用意して積極的に音作りをされる方が多くいらっしゃいます。よく低域は多極管PP, 中高域は三極管シングルで、それぞれのアンプの特徴を活かす使い方をお見受けする訳ですが、そんな中でも苦労するのが中高域のアンプ選びです。

特に高域がコンプレッションドライバー + ホーンの超高能率システムの場合、ウーハーの能率は90dB(台)であるのに対してドライバーは110dB(以上)というケースも決して珍しいものではありません。帯域間で20dB以上の能率差があるということはウーハーに対してドライバーの出力は1/10以下で良いという計算になり、実際に運用する際には中高域のレベルを大幅に絞る必要があります。

その結果、アンプの魅力を引き出すことが難しかったり、聴感上のSNが確保できなかったり…という経験をされた方も少なくないかもしれません。そんな時最も使いやすいのがこのアンプ…出力もそんなに要らない、ゲインも低い方が使いやすい、 モノラルだと左右音量も厳密に合わせ込める…そんなニーズにピッタリだな、と気づいたのです。

私もこのアンプの設計者さんのことは全く存じませんが、もし今インタビューできるのであれば最初に”ひょっとしてマルチアンプユースを意識されました?”と伺うだろうと思います。

もちろんTU-898がマルチ専用ということはありません。現在”プリの音量を上げられずに難儀している”という方にはむしろ最適なパワーアンプということも言えるでしょう。一つ言えることは、メーカーの歴史が長く開発担当や設計者が変わることで製品フィロソフィーも大きく変わるんだな、ということです。

メーカーに人あり、アンプに歴史あり…この製品のバトンを受け取って下さる人がどんな使い方をして下さるかは全く分かりませんが、いまから30年近く前に或る強い想いを以てこのアンプを設計した人がいたという事も何となく分かって頂きたいなと思いつつ、その音を聴かせていただいた今日でした。


by audiokaleidoscope | 2025-01-08 21:50 | オーディオ

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