今日たいへん興味深いお話を伺いました。
旧知の方からの依頼で、或るピアノの調律師さんが名古屋に仕事でいらっしゃっていて、オールドタンノイをWestern Electric 300Bで鳴らした音を聴いてみたい…と仰っているいう事でお招きしました。
たまたま後変(あとへん)でPSVANE 300B→Western Electric 300Bの特性確認とエージングをしていたので、話の取っ掛かりとして同じ300Bでも10数倍の価格差がある両者を、私たちとは違うフィールドで活動される音のプロがどう聴き分けられるのか、逆取材させていただく絶好のチャンスと内心思いながらお迎えしました。
その方が持参されたCDは
ポリーニのショパンまずSV-S1616DのPSVANE 300B仕様とWestern Electric 300B仕様を比較したあと、SV-91Bでも同じ比較試聴を行いました。音量は全く同じで出力は1W弱ですがオートグラフではかなり大きめの音です。
オーディオ屋としてはこの違いをどう表現するのですか?と問われたのでWesternの方が音が澄んで聴こえるのは倍音の立ち方が整然としていて、ぶつかり合っておらず、響きが伸びやかであると感じると申し上げました。
するとその方は、
「ピアノの調律をデジタルチューナーでなく人の耳で何故やるかといえば、ひとつひとつの音を個別に合わせることを調律とは言わないからです。ハンマーが弦を叩いて響板が増幅した音をフレームが支えた結果うまれる響きを整えるのが私たちの仕事であって、単に弦一本づつの音程を合わせても倍音がぶつかり合ってある帯域で音が濁ったり、音量が下がって客席で聴こえにくくなるのです。だから私たちは単音ではなく88鍵すべてを鳴らして音全体の調性をとる、言い換えれば響きを整え最大限に引き出そうとしているのです。耳で聴くだけでなく、指から伝わってくる振動を体で感じているという方が近いですね」
と仰いました。そして
「その点ではこのWestern 300Bの音はとても自然で不協和音が少なく心地よいですね。実はこのCDではD#7辺りから上の鳴り方が不自然で高域方向の倍音がやや変形しているのです。安い方の300Bでもかなり補完できているように感じますが、Westernでは完全とは言わないまでも更に自然で倍音のピークがかなり抑えられています」
とお話されていました。更にS1616Dと91Bの違いを”左手の重さ”であると仰っていたのが大変印象的でした。
帰りがけに拙宅のアップライトの調律をお願いしたらやっていただくことはできるのでしょうか?と尋ねると、”お使いの楽器はすでに今まで調律された方によってある響きに慣らされていますから、途中から調律師を替えてはいけません。時間をかけて作り上げられてきた固有の”鳴り”が死んでしまいますから”と仰っていました。
ビアノの調律という仕事について直接伺うことは今までありませんでしたが、異業種でありながら感覚的には共通点の多い仕事なんだな、と改めて感じたひと時で、とても感銘をうけました。