たとえば誰かから”複数の出力管の個性の違いを楽しみたいんですが、自己バイアスのアンプと固定バイアスのアンプ、どちらが良いでしょうか?”という質問があったと仮定しましょう。皆さんならどう回答されるでしょうか?
一つの回答例として”自己バイアスは出力管を替えるときにバイアス調整をする必要がないので手軽に楽しめるからお奨めです”は大正解です。過去タマ転がし用推奨アンプの多くが自己バイアスでした。
対して固定バイアスは出力管を替えるたびにバイアス調整、つまりアイドリング電流を調整する必要がありますので、タマ転がしを主目的としてアンプ選びの場合は固定バイアスが少々面倒という見方が出来るかもしれません。これについては後に補足します。
今日はもう一つの自己バイアスアンプの側面を紹介します。簡易的に各出力管のプレート電流を監視できるメーターを使ってSV-P1616D / 多極管仕様で実際に出力管を差し替えた時の電流値を診てみたいと思います。
この写真はTelefunken EL34での事例です。もともとマッチドクワッドではない4本を無作為に実装した状況下でも55mA±10の範囲に入っています。自己バイアスの最大のメリットはプレート電流が流れにくい個体はバイアスを浅くし、逆に電流が流れ過ぎる個体はバイアスを深くしてプレート電流を一定にしようする自己帰還動作にあります。これがまさに自己(セルフ)バイアス動作であって、仮に元々ペア性がない出力管でも或る程度は(限界はもちろんあります)、その差異を吸収するメリットがあります。
次に出力管をKT120に替えてみます。この4本はもともとマッチドクワッドなので電流もしっかり揃っていることが分かりますが、ポイントはそこではなくプレート電流そのものの値です。うえのTFK EL34は55mA前後であったのに対してKT120は約80mA流れていることに注目して下さい。つまり管種が替わることで、アイドリング電流が30%も変化する…つまりそれぞれの管種が持っている電流値(言い換えれば個性)がダイレクトに音に表われる、と言い換えても良いかもしれません。
対して固定バイアスアンプはアンプ本体が狙っている最も美味しいポイントにアイドリング電流を合わせこんで調整していますので、例えばSV-8800SEの場合では…
Tung Sol KT170(バイアス調整電圧1V)
というようにバイアス調整を適切に行うことで管種が替わってもアイドリング電流は一定となります。
つまり固定バイアスはピンポイントに最適動作点を設計時点で決めておいて、そのポイントに各種出力管を”合わせ込む”方式と言って差し支えないでしょう。回路的ヒエラルキーがある訳ではありませんが、どちらかいえば高価格帯になるに従って固定バイアス方式が増えるのは、アンプの限界性能を引き出すためのセッティングがあらかじめ決められている点が重視されるからということも出来ます。このように自己バイアスと固定バイアスでは仮に同じペアあるいはクワッドを使っても鳴り方は大きく変化する訳です。
例えばKT120が最もシャープで締まった音、という表現をされることが多い訳ですが、うえの自己バイアス動作例を見ても分かるように極めて大電流の出力管であることからも納得できる結果であると言えましょう。
自己バイアス, 固定バイアスそれぞれのメリットがある訳ですが、冒頭の”複数の出力管の個性の違いを楽しみたいんですが、自己バイアスのアンプと固定バイアスのアンプ、どちらが良いでしょうか?”に対しては、”まず自己バイアスで試してみたら。そのうえで自分が一番好きなタマが見つかったら固定バイアスアンプで限界性能を目指してみたら良いんじゃない!”…という結果になりそうですね。