どうして真空管アンプに優位性を認めるのか、という根本的な問いに対する回答を求められたとします。私なら「パーツひとつひとつが音に対する影響を実感できる究極のシンプルさとピュアリズム」と答えるかもしれません。
真空管そのもの持ち味はもちろん、パーツひとつひとつによって音の景色が変わる反応性の良さは他のデバイスでは得難い特質であると感じるからです。それはあたかも自然の恵みをいっぱいに受けた露地ものの無農薬野菜のように味わい豊かで人に優しい何かをもっているように感じます。
今日もそんな体験をしました。会社から一時間半ほど走ったところ、懐かしい路面電車が走る街へ伺った際のエピソードです。
主役はこのヤマハNS-1000M。裏面のシールには昭和54年10月と記されていましたから人間でいえば45歳。フルオーバーホールを受けた程度のよい個体です。
場所は某企業さんの約40畳の空間。高い天井と音のため漆喰でチューニングされた部屋で社員さんに用意された音楽や映画鑑賞のための美しい部屋でした。
既に第一回試聴は私どものショールームで4月に行われました。その際の記録は
こちらに触れています。その際の印象で能率的にはシングルでも問題はないが、NS-1000Mのウーハーを鳴らし切るにはプッシュプルを用意すべしということになりました。その結果300BppであるSV-P1616Dが最も好印象だったのですが、もともとNS-1000Mがもっているモニター的キャラクターを引き出す方向性では多極管pp(そのときはKT150)も捨てがたい、という結果になりました。
そこで機会あれば実際鳴らす場所で比較試聴をしましょう、という提案をさせて頂き、今日改めて2台のSV-P1616Dを持ち込んで、お客さんの耳でどちらが1000Mを歌わせられるか鳴らし比べてみようということになった次第です。多極管の方はより明確な個性を際立たせるKT120仕様を用意しました。
イギリス製のCDプレーヤー, SV-P1616D, SV-P1616Dという非常にシンプルな組合せ。再生音量は精々2W程度ですが、大空間での再生では予想以上に違いが感じられました。
極めて快楽的な豊かな歌い方をする300B仕様に対してKT120仕様は高域のエッジ, 低域のダンピングを明確です。オーディオ的あるいはNS-1000Mらしい鳴り方はどちらかと問われればKT120仕様ということなるかもしれません。他方Fun to Listenなのは300Bppというのがお客さんの判定でした。
オーディオは優劣で語るべからず、純粋に嗜好と印象によって判断すべしというのは事実で、この豊かな残響の大空間では300Bppの方がはるかに”らしい”鳴り方であるというのは私も同感。仮にこれが客観的に調音された空間、例えばスタジオのコントロールルームのような空間であればKT120に軍配を上げる方もおられるでしょう。
オーディオはスピーカーと空間の個性で音の70%以上が決定され、アンプはそれらをベースとした縁の下の力持ちである訳ですが。縁の下をどう支えるかで音楽そのものが大きく変わることを自分の耳で体感でき、正式導入への動機が一層明確になったようです。
さらにプリアンプの役割。最初はJJ ECC83(2)+JJ ECC82(1)+RCA 5R4GYだったのを持ち込まれたTerefunken♢ECC803S+ECC802S+Emission Lab 5U4Gに替えたところ、さらに重心が下がって表現が濃厚になりました。マーラーの交響曲では最低域までウーハーがグリップし,音量を上げると部屋が振動するようなエネルギー感が空間を満たします。
アンプによって音楽の感じ方そのものが変化し、さらに真空管によって音の質感まで変化する…いままで半導体アンプで聴いたことのない音楽の躍動感に感動したと伺って、ずっと思い描いてきた根本的な真空管アンプの魅力、あえていえば優位性について確認いただけたような気がした今日でした。