趣味の世界は何でもそうですが、熱が嵩じてくると使う道具が自ずと大型化, 高額化してくるのが常。そして創る側(メーカー)は新製品を旧製品の改良版あるいはアップグレード版として市場に投入するのが常ですので、ニューモデルが出ると欲しくなって思わず買ってしまうという方もきっと多い筈。
その結果、色々な機材に囲まれてハイスペックで高価なニューモデルが毎日鳴っているか…というと必ずしもそんなケースばかりではありません。気が付くと極めて中庸なオールドモデルに手が伸びている、いう方も案外多いのではないでしょうか。
音源でもそうですが、バリバリの新譜だけが音楽ではありません。心のなかでいつも鳴っている懐かしい楽曲こそが愛聴曲なのです。オーディオも同じで旧いけど実はこいつが自分にとっても最高の相棒…なんて言われるのは創った側にとっては最高の歓びの一つです。
最近こんなことがありました。

TriodeのVP-300BD(300Bパラシングル)です。この300BDには幾つかのバージョンがあり、この個体は最初期の交流点火のタイプ。当時たしかキットで10万を切る価格で空前のヒットとなった機種だったと記憶しています。ひょっとして30年くらい前のモデルということになるのではないかと思います。
道具は使っていれば色々と傷んでくるのは仕方ありません。この個体も300Bが更新されていたりユーザーさんが色々と手を入れてこられたのですが、全体的に劣化してノイズが増え、ヴォリュームの劣化が生じ、接点に酸化被膜が出来ており、かなり傷んだ状態でした。
メーカーサポートが切れていて、どこにメンテを依頼して良いか分からないが、なんとか使い続けたい…ということで当社でお預かりさせて頂いたものですが、さまざま手を尽くして初期状態に近いところまで復旧できつつあります。
当社でもサポート終了機種というのは沢山ありますが、それは面倒見ませんよ、ということではありません。状況によっては部品がなかったりして直してあげることが出来ない場合があります、という意味で使っています。つまり機種固有のトランスとか専用部品以外の故障であれば直ることの方が遥かに多いのです。

これは私どものSV-19D。多極管ppでEL34系, 6L6系, KT88等10種類くらいのビーム管, 五極管を差し替え出来る小型の固定バイアスモデルです。かれこれ15年くらい前になるでしょうか。
この機種はハイスペックでもなければ高価格でもありません。むしろ手軽にプッシュプルの面白さを味わって欲しいという想いを込めて作り上げたモデルでしたが、何故かこれを今でも探しておられるという方が沢山いらっしゃいます。
今日試聴にいらっしゃった方はSV-19D二台使い。右はSvetlana / Winged CのKT88、左はTelefunken EL34仕様です。他にも何台も高級モデルをお持ちなのに、気が付くと19Dに灯が入っているんですよ…と仰っていました。
楽器の世界を例に取れば、どうしても値段の高いものは良い音がする…ような先入観がありますし、事実値段が高いものにはそれなりの意味がある筈です。一方で中庸な廉価帯モデルが品質的に劣悪か、といえば決してそうではないものも沢山あります。今日の方だけでなく、SV-3を3台使っている、model2を3台持っている、なんて方もいらっしゃいます。値段でもスペックでもなく音…そういう基準で使い続けて頂けるのは大変名誉なことです。
旧製品の面倒ばかり看ていては商売にならない…かもしれません。でもお金と時間をかけてでも直して使いたいというユーザーを誰かが支えていくことも必要です。ニューモデルをプロデュ―スすることも重要なビジネスですが、既存の製品をしっかり保守するのもモノづくりニッポンの果たすべき役割の一つではないかと思います。