”思い込み”バイアス

音楽を聴いていて「あれ？なんか変かも…」と思ったことは誰にも経験がある筈。そして一度そう思い出すと気になって気になってオーディオどころではなくなってしまう、なんてこともあったかもしれません。

私どもには日常的にそういうご相談が来ますし、時にはアンプや真空管をお預かりする場合もあります。最近の事例をご紹介します。

TU-8600R(2018年組立代行品)。お客さんのお申し出は「左側のスピーカーから音が出ない。真空管を左右入れ替えても同様で、再配線による確認でスピーカーには異常はないのでアンプの故障と思われる」ということによる修理の依頼でした。

アンプが届いて一次確認をしたところ異常はありません。再現性を高めるためにお客さんが試されたことと同じことを繰り返しても状況は同じ。測定を行ったところ全てのパラメータで納品当時の性能を保持していることが確認できたので、お客さんにその旨報告し返送しました。

別の事例です。最近お納めしたアンプとセットでお納めしたJJ ECC82に関して「左右のバランスが変。手持ちのECC802Sでは正常なので真空管の不良(あるいは選別上の不備)ではないか」というお問い合わせを頂き、返送をお願いしました。

本当はアンプ本体もお預かりするのが一番間違いなのですが、お申し出内容からアンプには問題がないと判断できたので、まずはチューブチェッカーでGmを再測定するだけでなく、お客さんと同機種のデモ機+別機種でECC82を使っているモデルを持ってきて計4パターンで確認を行います。
チューブチェッカーでの再確認ではGmの問題はなく2本の差異も検出できませんでしたので、当社のデモ機三機種で実装確認を行います。上の写真は最初の写真のTU-8600Rを借りて通電しているところ。
左右ゲインバッチリ。設置環境にもよりますが1dB程度の差異では異常検知に至らない場合が大半ですが、私どもの組立代行品の場合はパワーアンプで左右ゲイン差が0.3dB未満を基準としています。今回の事例では仕上がりゲインで0.1dB程度ですので測定誤差といっても良いレベルです。別の機台でも試してみます。お客さん所有のアンプより更に高利得、つまり違いが出やすいアンプでの確認が有効です。これは海外専売モデルSV-S1645D(45シングル)に実装しているところ。やはり測定結果に問題は検出されませんでしたので、異常はありませんでしたと報告させていただき返送させていただきました。

上の2件だけでなく、このようなご相談は多くの場合、いちど変かも…と思うと機器に対する信頼が揺らいで音楽を聴く気にならないという結果の行動であったと想像できる訳ですが、アンプや真空管を送って頂き当社で検査して異常ありませんでしたよ、というレポートをつけて返送申し上げると、何故か多くのケースで共通の反応が返ってきます。

”再度通電確認してみたら確かに異常ありません”…なかには”音が以前より良くなっているんですが、アンプに何かしましたか？”という確認をいただくことも。

今回の2例に関しては電気的には何もしていません。ただせっかくお預かりした訳ですから、アンプの場合は全体点検とともにボリュームや入出力の接点クリーニングを行ったり、真空管の場合はピンの研磨を実施したり、当然すべきことをする程度です。

不思議なことにエビデンスと所見をつけて異常なしとお伝えすると、最初に感じた「あれ？なんか変かも…」が雲散霧消してしまうことが多いのが何故かといえば、第三者の判定によって自分の音(機器)に信頼を回復できたということが大きいのではないかと思います。

一旦”アンプ(真空管)がおかしいのでは？”と思いこんでしまうと他の要素の確認が疎かになり誤った判断に至る場合があります。これを「認知バイアス」とか「思い込みバイアス」と言ったりしますが、これは誰にでもあることで仕方ありません。

迷った時は信頼出来る人にまず相談してみて客観的に事象を確認すること、そのうえで本当にメインテナンスが必要なケースも当然あるでしょうから、その場合は適切に対処できると思われる人に託すことが更に重要です。臆さず何でも相談して下さい。