オーディオ機器が単なる音楽を聴くための装置以上の大切な存在であると感じる人がたくさんいます。一方で形あるものはいつしか劣化し最終的には壊れるのも事実ですが、人の力で元の性能を維持,回復できる場合もたくさんあります。むしろ設計的にシンプルな真空管アンプは多くの場合、修復が可能です。
このアンプには”Ashiya Bell Stereo”と銘板に刻印されています。来歴は不明で回路図もありませんが、手加工と思われるシャーシにTectronのトランスが搭載されていて恐らくは手作りの個人規模のメーカー製アンプ思われます。いまやこのような工房規模のガレージメーカーは数えるほどしかありませんが、90年代にはまだ沢山ありました。規模は小さくても良い製品をつくっている実力のあるメーカーがたくさんあったのです。
依頼主さんからは、なんとか直して使い続けたいというご相談でした。通常他社さんの製品はお受けしないのですが、その強い気持ちに動かされてお預かりすることにしました。
シンプルな構成の交流点火の300Bppで上の写真のカップリングはご要望により当社で交換させて頂いたものです。状況的には突然電源が入らなくなってFUSEが即断するという申し出でした。全ての真空管を抜いて電源ONしてもFUSEがブローするということはアンプ本体(電源部)に何らかのトラブルを抱えていることが強く推定される事象でした。
いちばん心配されたのは電源トランスの巻線のショートであったので、これ以上の通電確認は中止して実機をお預かりした訳ですが、当社アンプの組立で辣腕を奮って下さっているSさんとカンファレンスと一次確認を実施したところ、整流用シリコンダイオードの故障であることが分かったので、とりあえず会社にあった同等品と交換したところ幸い電源が復活。依頼主さんに”なんとかなりそうです”とご連絡させていただいたところ、とても喜んで下さいました。
定格的には十分なマージンがある筈のダイオードが故障したのは、原設計的に追加されている高域インピーダンス上昇を抑えるための小容量のコンデンサーと突入抑止用と思われるダイオードが何らかの影響を及ぼしている可能性がありますが、開発者への敬意を表し改造はしないのが不文律です。
このアンプの設計し製造した方は存じませんし、いつ亡くなられたかも分かりませんが、草葉の陰で喜んで下さっていると良いなと思います。こんな仕事もこの業界で働かせて頂いてきた一つの恩返しだと思ってお預かりして良かったです。