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再生産Western Electric 300Bの謎

15年ぶりにWestern Electric 300の再生産がはじまって3年余。2021年3月にわたしどもが”The first pair out of USA”(アメリカ国境を越えた初めてのペア)を入手して以降、私どもの日々は常にこの真空管と共にあったといっても過言ではありません。
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過去を振り返ると1988年までのいわゆるオリジナル, 1997年~1999年(頃)までの第一期再生産, 2002~2004年(頃)までの第二期再生産, 2006年の第三期再生産, そして2021年以降の現仕様すべてを見てきた訳ですが、現仕様になってから”ある使用上の注意”が追加されたことをご存じの方はどのくらいいらっしゃるでしょうか。

ごく簡単に書きますと「B電圧(プレート電圧)をかけない状態でのフィラメント通電は非推奨」的なアラートが追加された訳ですが、これまで何度となくお客さんだけでなく、同業者からも「これってどういう意味?」と訊かれてきました。往年の国内真空管メーカーの製造技術者さんにも伺ったり、産業用真空管に携わるプロの方々にも教えを乞いましたが皆さん「意味がわからない」と異口同音に仰います。

敢えていえばこれまで私たちの常識はまるで反対のことだったからです。

このブログでも何度となく書いてきたフィラメントのバーンイン(初期枯化)。車のエンジンでいえば新車を買った直後はしっかり慣らしが必要なのと同じで、真空管(とくに直熱三極管)は本格稼働前にフィラメントだけを通電し活性化させることで寿命的にも音質的にも大きなメリットがあるという話を聞いた方は多いと思います。

事実わたしも過去、業界の先輩方から”新品のタマを手に入れたら整流管アンプの整流管だけ抜いて20時間以上通電しておきなさい。それが一番のエージング方法だ”と教えられてきましたし、それが何らかの問題となったことはありません。また現存するアンプで電源ONから一定時間を経てからリレーが動作してB電圧が印加され動作状態になる機種は幾らでもありますし。私どもでいえばSV-91Bのように敢えてSW1とSW2を用意しSW1でフィラメントが十分温まってからSW2を投入することで暖気前からいきなりギアを入れてエンジンを傷めないことを積極的にやってきた立場としては上記アラートは未だに???です。

つまり当該アラートは私たちの理解が及ぶ範囲内で物理学上の説明がつかない訳です。

輸入開始直後にWE本社にはこの件について質問を送ったものの明確な回答がありませんが、現在もお客さんからお問い合わせをいただくので今日は現時点の私見を述べておきたいと思います。

理屈上は+Bがかかっていない状態ということはでフィラメントから放出された熱電子がプレートに吸引されず、管内の電子(空間電荷)が増えることは間違いありません。しかしながら物理学でいう”仕事関数”によって無限に空間電荷が増えることはなく飽和状態から増加することはありません。

また仮に空間電荷量が飽和した状態で瞬間的にプレート電圧が印加された状態(リレーが動作しアンプが稼働した状態)を想定しても突入電流は僅かで真空管そのものにダメージを与えることはありません。

2021年以降の再生産ロットはプレートにグラフェンがコーティングされるようになったことが最大の製造上の変化であった訳ですが、従来品と比較し比べてエミッション(熱電子放出効率)が向上するだけでなく、二次エミッションも大幅に減少したとアナウンスされています。

これが「B電圧(プレート電圧)をかけない状態でのフィラメント通電は非推奨」に繋がっている可能性があると仮定して想像を逞しくすると、製造上のバラツキによって管内の真空度が一定以下に低い場合、瞬間的にプレート電圧が印加されることで管内に残存するごく僅かなガスが瞬間的にイオン化するなどして問題となる…可能性はあるかもしれません。

当社では1999年第四四半期のロット以降、全数通電確認を実施してから出荷を行ってきました。正確なパーセンテージまでは記録しておりませんが、メーカーで製造試験をパスした個体でも数%前後でプレート電流が流れ始めた瞬間に管内が真っ青に放電するというトラブルが発生しました。

グラフェンコーティングによって以前よりも明らかにEp-Ipカーブが立った(プレート電流効率が向上した)ことによってそのリスクが上がったとしても、本国そして輸入元が十分に検査していれば問題は僅かな筈です。少なくとも私どものアンプでトラブルは発生しておりませんので、基本的に看過いただいて問題ない、というのが現在の私どもの立場です。

もし今後新たな情報が入りましたらお知らせいたします。


by audiokaleidoscope | 2024-05-31 23:59 | オーディオ

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