スピーカーの振動板が紙と決まっていたのは昔話。今や金属(アルミ等), 樹脂(ポリプロピレン等), その他(カーボン等)さまざまな材料が振動板に採用されていますが、一長一短で絶対的優劣はありません。
スピーカー振動板に求められる物性といえば
2013年のコラムで書いた通り、
1.軽量であること(反応性の高さ)
2.剛性が高いこと(歪みの少なさ)
3.適度な内部損失があること(固有音の除去)が主である訳ですが、90年代以降トールボーイ型の台頭とともに非パルプ系素材振動板を擁したスピーカーが増えています。特に欧州ブランドでは樹脂系ウーハーを搭載したモデルが主流になっています。
写真はデンマーク製の2.5wayトールボーイですが、これも非パルプコーンの代表例の一つ。知られたところではRogers, Harbeth, Spendorなどが主にポリプロピレン系振動板を採用しています。
ではポリプロピレン系振動板の特徴は何でしょうか…ポリプロピレンの最大の特徴は内部損失が大きいこと。内部損失の大きさ=振動吸収性の大小と言い換えても良いと思いますが、金属のように一旦振動を与えると”カーン”と長い共振音を発するようなことがポリプロピレンは少ないとお考え下さい。
その意味ではポリプロピレン系振動板は付帯音が少なく、聴感上のSNも稼ぎやすい反面、音の立ち上がりが鈍く、のっぺりした平板な音になりがちという側面もあります。その意味ではアンプ選びが難しいスピーカーのカテゴリーの一つということもいえます。
以前、著書のなかでシングルアンプに相応しいスピーカーの条件を二つ挙げました。
①能率88dB(w/m)以上
②フルレンジあるいは口径25㎝以下の2ウェイ
この点からいえば多くのポリプロピレン系振動板をもつスピーカーは能率87dBプッシュプル以下であるケースが多いのでプッシュプルアンプで鳴らす方が無難ということが言えます。ここで一つの実験をしてみましょう。
左からSV-S1616D / EL34仕様, SV-P1616D / 300B仕様, そしてSV-P1616D / KT88仕様です。これら3台で冒頭のトールボーイを鳴らした時、どんな違いが出るかを確認してみます。不公平を避ける意味で音量は一定とし、アンプ出力は5Wで固定します。
まず
SV-S1616D / EL34仕様。音量的な不満はありません、ただ僅かに腰高な印象は否めません。もう少し重心を下げ量感のある重低音を引き出したいという衝動に駆られ思わず音量を上げたくなった結果、最大出力(約9W)を超えクリップしそうになります。やはりこのスピーカーの公称能率87dB / 4Ωはシングルアンプにとってやや荷が重いと言えるでしょう。その点
Herbeth Compact 7や
Rogers LS5/9の方が遥かに鳴らし易い印象です。
つづいて
SV-P1616D / KT88仕様に替えてみます。出力約40Wを以てすれば基本的にどんなスピーカーでも問題なく鳴らしてくれます。あとは音色的マッチングがどうか、ということですね。
多極管=エッジが明確でトランジェント(音の立ち上がり)が鋭く些かも緩みなくスピーカーを制動するイメージがありますが、まさにその通りの音でスピード感という点では申し分ありません。
ただやや音が速すぎる…もう少しタメと空気のゆったりした動きを感じたいという感じもあります。
Gregoire Maret / Americana
このCDではグレゴア・マレのハーモニカがグッと前に出てリアルそのものですが、ロメイン・コリンのピアノ, ビル・フリゼールのギターとの前後感と余韻をもう少し感じたくなります。
このCDでは音の鮮度という点では言う事ありません。ただ個人的にはもう少しケイコさんの体温を感じたいというか、喉の震えがボディに伝わる振動感を味わいたくなりました。
そこで最後に選んだのが
SV-P1616D / 300B仕様です。出力はKT88仕様の約60%(25W程度)ですが、量感, タメ, 響きの表現という点で最も能弁で、やや平板に鳴りがちなポリプロピレン系振動板のスピーカーを最もリッチに歌わせているように感じました。
SV-P1616D / 300B仕様デモ機の内部。カップリングは標準仕様でしたが、これがArizona仕様になったら更に濃密な味わいが現れることでしょう。
これがパルプ系振動板の38㎝ウーハーでは違う結果になっていたと思いますが、これぞまさに真空管アンプの楽器性。自分のスピーカーに合うアンプを選ぶプロセスはオーディオという趣味のなかで最大のイベントの一つです。大いに楽しみながら自分にとって最適なアンプ選びを満喫頂きたいと思います。