今日は真空管差替えの失敗事例です。
Tube Manualをみると”Close or identical”(=近似あるいは同等)という項目を見かけることがあります。例えばあるデータベースで12AU7のClose or identicalを検索するとCV10323, CV10666, CV4003, CV491, CV8155, CV8221, ECC82がヒットしました。
また”Different rating or performance”(=異なる格付あるいは性能)という項目もあり、12AU7では12AU7A, 12AU7WA, 5814, 5814A, 5963, 6067, 6189, 6680, 6CC40, 7489, 7730, B329, B749, CK5814, CV3900, CV4016, CV9092, E2163, E82CC, ECC802, ECC802S, M8136がヒットしました。
これをみてあれ?と思われたかもしれません。Different rating or performance分類されている真空管のなかに12AU7と同一球と理解されている管種も少なからず含まれています。現在12AU7=ECC82=CV4003=M8136という理解に異を唱える設計者はまずいないでしょう。問題はどの基準で Identical(同一)といい、どの基準でDefferent(異種)と分類しているのかが明確でないとおかしな混同が起きる可能性があることです。
今日採り上げるのは仮にA≒B≒Cとされている真空管で、AはBと差換えOK, BはCと差換えOKでもAとCは差換えNGというケースがあるので要注意ですよいうお話です。
実例をご紹介しましょう。某メーカーのシングルアンプでドライブ段に使える真空管について実際に使用可と挙げられている真空管についての実証実験です。現在メーカーの見解をお伺いしている段階ですので具体的メーカー名, 型番名は伏せさせていただきます。
まずメーカーデフォルト球:A
出力電圧約2.5V(0.9W)時の波形です。もちろん問題ありません。
つづいてメーカーは差替え可能と公示している別管種:B
BはもともとAと互換性のない真空管です。ヒーター定格も増幅率も相互コンダクタンスも異なりますが、標準球Aのヒーター定格に余裕を持たせたことで、たまたま別種球Bが使えるようになったということなのかもしれません。
続いて試したのがBの差換可 & アップグレード用途として広く知られている別種球Cです。
波形に注目してみて下さい。発振まではいっていないものの、あきらかに歪んで不安定な状況であることが分かります。もちろんこの状態で音を出しても良いことは一つはありません。オシレーターの出力は1kHzですが、仮にこれが100Hzとか10kHzとかになると更に悲惨なパターンになっているに違いありません。
真空管は抵抗としての性格とコンデンサーとしての性格をもっています。つまりそれぞれの真空管は内部抵抗をもち容量(キャパシタンス)をもっています。恐らく今回のケースでは容量性発振に近いトラブルが起きているものと推定できます。つまり真空管はヒーター定格, 各電極の電圧,電流上限, μ(増幅率), Gm(相互コンダクタンス)等の確認だけでは不十分な場合が往々にしてあり、ネット情報だけに頼ることなく事前にメーカーに適合性を確認することが必要だということです。危ない橋を渡る必要はありませんから。
少々ややこしいですが、今回のBとC、実は当社の一部のアンプでは差替え可能であることを確認のうえ公表しており、使えるアンプ名を具体的に指定しています。もちろん全く不具合は起こっておりません。
パッと見は似ていて、ちょっと見ると使えそうでも実は無理とか或るアンプではOKでも別のアンプではNG…なケースがあるのが真空管。出力管でも○○と△△は差替え出来るというような民間療法的解釈がまかり通っている管種もありますが、実際はアンプ(あるいは真空管)が非常に無理な動作を強いられているようなケースも多々あります。つまりデータ上は一見OKでも最終的にはアンプそれぞれの設計的背景によって結果が違うということをしっかり理解する必要があるということです。
SV-Pre1616Dのように12AX7, 12AU7, 12AT7が無調整で差替え出来、特性も大きく変わらないというアンプは稀も稀、特殊中の特殊であって世の中の常識とは異なることを改めてお伝えできればと思います。
真空管同士の境目は曖昧です。お隣さんのお隣さんは別の村人だった…ということも実際にありますから、データだけで真空管の互換性を判断するのはリスクがあるということですね。十分に気をつけて頂きたいと思います。