モノづくりの仕事は新規に製品を出荷するという行為だけでなく、修理等の理由で戻ってきた製品に対して如何に適切な対処が出来るか、という点も大きな責務です。
私どもが1998年から今日まで、記録に残っているだけで約81,000件の出荷がありました。その中でメインナンスが必要等の理由で過去累計で約1,900台の機台が戻ってきています。いまでも約10台/月ペースでお預かりし約四週間でお客さんのお手元に元気に帰っています。
良かったな、と思うのは私どもが業務開始以来ずっと直販に拘ってきたこともあって、修理にしても買取にしても95%以上の案件でトレーサビリティ(=製品に紐づいた固有情報)が確保できていることです。
つまりいつ、どのお客さんに、何を、どのような形態で提供したかはもちろん、キットの場合はご購入後どのパーツを追加提供したとか、どのような修理をした等の製品に紐づいた重要な情報が基本的にすべて残っています。この情報を私たちはカルテと呼び、常に引き出すことが出来るのが最大の財産で、例えば二回目のオーハーホールが必要になった時、お客さんに「前回はこことここを中心に診ていますから、今回はこの辺りを特にしっかりケアしておきましょう」というような方針管理がお客さんと共有できるのもこのカルテ、車でいうところの記録簿が残っているからです。
一方で稀に製品履歴がトレースできない個体というものもあります。原形を留めないほど改変されているケースや、C to C市場で何度か転売されて製品の履歴が追えなくなっているケースなどが主なパターンですが、自社製品であれば製品の世代が特定出来てトランス等の固有パーツが生きていれば修復はほぼ可能です。
そんななか、今日持ち込まれたアンプはカルテどころか、全く何も分からないという個体でした。依頼主さんから製品の写真をアップする許可をいただいたので敢えてお見せしますが、私も過去経験のない製品の状態でした。

キット製作品であることは間違いありませんが、メーカー不明, 年代不明, 回路図なし, 添付されている真空管も本当に適合品なのかも分からない…ただ C to C 市場で「完動品」という名目で出品されていたもので、お相手も分からない(匿名配送)とか。
シャーシやトランスの外観, 形状から恐らく35〜40年前の東京のキットメーカー製のビーム管シングルアンプであろうと想像は出来るのですが、これを仮に解体再組立するにしても先ず回路図を手で起こし、あるべき定数かどうかを再検証したうえで組み直す必要があります。いままでどこの修理屋さんでも断られたというのも仕方ないかもしれません。安く買ったつもりが、ちゃんと直すのに購入代金の何倍(以上)もお金が掛かるとは依頼主さんも全く予想されていないことだったに違いありません。
外見的には同じように見えてもトレーサビリティが確保できている製品とそうでない製品には大きな違いがあります。新品でも日本の法規(PSE)に合致していない並行輸入品が流通していて注意が必要という話もよく伺います。どんな製品でもそうですが、やはり信頼出来るお相手からきちんとしたものを手に入れるというのが最終的にはいちばんお得ということになるのではと思った今日でした。