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どのレベルまで音が活きているか…”上方リニアリティ”について

料理でも絵画でも陶芸でも”自ら手掛ける”ことの楽しさと歓びはかけがえのないもの。子供の頃キャンプで作ったカレーの味を忘れられないように結果そのものよりも”作る過程”に意味を見出すことも沢山あります。

一方で自分が手掛けたものが客観的にどのレベルにあるのか、どれだけ人の心を動かすのか…一定のレベルに達するにつれ”外からの視点(評価)”に関心が移るのも自然なことです。演奏のコンクールや写真のコンテスト、アートのコンペなど様々な登竜門がありますが、実はオーディオの自作派のためのコンテストも幾つかあります。その代表的なものの一つが音楽之友社 月刊Stereo主催の”自作スピーカーコンテスト”です。

以前わたしも本選(試聴会&授賞式)を見学したことがあります。”オーディオの甲子園”と言われるに相応しい熱気を感じた良いイベントでした。いい意味でのアマチュアリズムとピュアリズムの大切さを思い出させてくれたものです。

今日は静岡のAさんがそのコンテストの本選入りは逃したものの二次審査まで残ったという作品を携えて試聴室にいらっしゃいました。コンテストに出品して書類審査,一次審査,本選…と勝ち抜けたところで自分の作品のどこが良くてどこが要改善なのかまでは分からないことがほとんど。Aさんのリクエストは自分の作ったスピーカーを客観的に評価して欲しい、というものでした。
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これがAさんの作品。ちょっと見なんの変哲もないブックシェルフですが内容的には非常に凝ったもの。詳細はこちらをご参照下さい。形式的にはQWTL(Quarter Wave Transmision Line)と呼ばれるものです。正直なはなし小型フルレンジを用いた自作スピーカーは”このサイズでこの低域!”的なテーマで設計されたものが多く、トータルバランスや音楽を鳴らした時の音質評価は二の次という感じもある中で今回聴かせて頂こうと思ったのはAさんの設計が”Negative Tapered QWTL”、つまりテーパー付の1/4波長管をベースとした”消音器”様の設計を採用していたから。

自作スピーカーの評価は設計的評価、意匠的評価、製作技術的評価、音質的評価 等さまざまな方法に分かれる訳ですが最も客観的になれないのは最後の”音”についてではないかと思います。アンプもそうですが前回のエントリーに書いた通り実は一番”良い結果が出やすい”条件で測定しています。定インピーダンス8Ω負荷の1W出力における周波数特性,歪率を測定してカタログに載せたところで音については殆んど何も語っていません。

私が大切にしているのは”どのレベルまで音が活きているか”ということ。アンプの場合、測定上8Wの出力で同一だったとしても音を上げていって聴感上音が崩れるレベルはアンプによって全く違います。3Wで帯域バランスや倍音の出方が破綻するものもあれば8Wを超えても骨格が崩れないものもあります。例えば同じ300Bシングルで出力も同じ8W。でも片や10万円、片や30万円の差があるとすれば、それは1W出力時の特性でなく、どのレベルまで音楽的バランスを維持できるか…これを”上方リニアリティ(Upward Linearity)”の差と言ったりします。

車でいえば高速道路のように平坦で直線に近い環境で80km/hで走行して破綻する車はありません。本当の車の底力は悪路における操作性や超高速におけるサスペンションや操舵系の安定性等に現れるもの。スピーカーも同じでリビングで会話できる音量で鳴らしているレベルで本質的な評価が出来ているとは言えません。Aさんのスピーカーが書類審査で通ったのは恐らくその上方リニアな持ち味に対する期待があったからでしょう。

試聴はスピーカーのHOT/COLD間に高感度のミリボルトメーターをアンプと並列につなぎ実出力をモニターしながら行いました。インピーダンス4Ωで耐入力8Wに対してAさんのスピーカーは6W出力辺りまでしっかり安定しています。これが低域レスポンスを伸ばそうとしてポートチューニングを低めに設計したバスレフ辺りでは遥かに低い出力で低域が崩れて音楽が破綻する可能性があります。見込み通りAさんのQWTLは実耐入力が極めて高いところが一番の評価点と言えるでしょう。これを見抜いた審査陣の慧眼はサスガといえます。

いちばんの問題はご自身の作品の客観的魅力をAさんが十分理解されるに至っていないこと。審査には名うての評論家さんたちが参加されていて、恐らくはシビアな試聴がされているのも関わらず出品者に殆んどフィードバックがないのは致し方ないとはいえ改善の余地があるのではないかと感じます。

本選を大きなホールで行うのも意味のあることですが、人数が限られたとしても作者とレビュアーが同席し、一緒に音を聴いてどこが良くてどこが改善点であるかを直接伝えることの方が作者にとって収穫と感動もより大きなものになるのではないか…そう感じた今日でした。

明日はAさんから事前に頂いていた”もう一つの相談”について書きます。絶滅危惧種とも言われるCDプレーヤーに一筋の光が見えているという話題です。



by audiokaleidoscope | 2020-03-05 23:59 | オーディオ

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