今日で会社の夏休みもお終い。明日からは通常稼働です。皆さんからはそれぞれの夏休みの宿題の成果を写真入りでお知らせ頂き楽しく拝見しておりますが、幾つかの大作は”
Club SUNVALLEY”で近日中にご紹介の予定です。
私はと言えば、実は先日の出張中に不覚にも古傷の腰痛が悪化し後半は当初のスケジュールで動くことが出来ませんでしたが最終日の今日、京都のTさんが愛用のスピーカー持参で会社にいらっしゃいましたので今日はその事を書いておこうと思います。
先日”
ウレタンエッジの功罪”というポストのなかでこんな事を書きました。
「スピーカー製造の歴史のなかで最大の汚点と揶揄されることもあるウレタンエッジ。確かに定期的に張り替えが必要と言う面倒さはありますが、逆に劣化が明示的に見て理解できるというのは良い点でもあります。逆に怖いのが非ウレタンエッジのユニット。見た目はピンピンでもエッジが完全に固まってしまってFo(最低共振周波数)が大きくずれて低域が全く出ないという事例もたくさん見てきました。これについては改めて書くことにします。ひと言いえばアンプも同じですが”外観は綺麗でも長く使われていないものほどリスクが高い”ということ。これは作る側というよりは使う側の事情に依存することが殆どで、簡単に言えば日々使っているものほど調子が保たれているのはスピーカーもアンプも同じです。」
今日は奇しくもこの具体的事例をお知らせせねばなりません。いまから10数年前のことですからショールームが出来て2,3年しか経っていなかった頃のことだと思います。当時たまたま私物のスピーカーをショールームで鳴らしているのを聴かれたTさんがその音をとても気にいられ、既に製造中止となっていた同モデルの新品同様の中古品を入手されて300Bシングルで鳴らして至福の時を過ごしてこられた訳ですが、その後単身赴任で関東圏に転居。オーディオ機器は実家にに置いたままになって殆ど鳴らすことなく約10年以上の時間が経過しました。
そして今年の春、定年退職され京都に戻られ、やっと念願の趣味の時間をたっぷり持てるようになったと喜んだのもつかの間、かつて麗しい音で鳴っていたお気に入りのシステムが何とも寂しい音しか出ない…アンプが壊れたんだろうかと相談を受けたので一旦アンプを預かったのですが、懸念された電解コンデンサー周りの劣化もなくそのままお返しすることになりました。
しかしTさんからは”以前聴いていた音とは明らかに違う。アンプが正常なら後はスピーカーしかないが、ウーハーのエッジはウレタンではないし見たところ傷んでもないようだ”と仰るので、Tさんと同じスピーカーが今でもショールームにあるので聴き較べてみませんか?”と提案しました。実はこの時点で大方の原因の推測はついていました。

これが今日Tさんが持ってこられた現物。具体的なブランド,品番の開示は避けますが、90年代の半ば非常に人気のあったUK製の2ウェイ(バスレフ)モデルです。Tさん所有の個体、当社ショールームで試聴に使ってきた個体を全く同じ条件で簡易測定ならびに試聴を行ってみました。

スピーカーの軸上1m位置で測定したピンクノイズの応答です。上がTさんが持ってこられた個体、下が私どもで参考用に鳴らしてきた個体です。繰り返しになりますが全く同じスピーカーです。敢えて言えばTさんのは新品同様の綺麗さ、対してショールームの個体は百戦錬磨で相当くたびれている…その程度です。
青い楕円で囲んだ部分を注視して下さい。80Hz以下の帯域で明らかな差異が認められるのに気づかれるのではないでしょうか。グラフのY軸(縦軸)のひと目盛りは10dBですから如何に両者の差異が大きなものであるかにお気づき頂けると思います。帯域によっては実に10数dBの音量差が生じています。
ウレタンエッジは15年位で劣化(加水分解)によって特性に影響が生じ始めると言われ、概ね20年~25年でボロボロに朽ちてしまいます。これは設計当時想定できなかった不幸な劣化であった訳ですが、一方でアンプのFUSEのように明示的な交換時期を示すサインであると肯定的に捉えることが出来るかもしれません。
対してTさんのスピーカーのように外見上の劣化や傷みが分からなくてもゴム製のエッジが当初の弾性を失って”固まって”しまっている事例は実はたくさんあります。更に言えばゴム製のエッジだけでなくヴィンテージ系ユニットで主流であったフィクスドエッジにおいても所期のストロークが得られず低域が出なくなっている事例を多く見てきました。
これに対してメーカーの製造責任を問うのは酷だと私は思います。例えが適切かどうか分かりませんが”空き家ほど家が傷む”というのと同じで日頃から適切に使うことでモノの寿命というのは倍にも三倍にもなるというのが経験から得た印象だからです。言い換えれば相当前の中古スピーカーでも使い方が適切な個体は驚くほど良い音を保っているものです。
かつてこんなこともありました。いまから10年ほど前、WE755Aのレプリカを手掛けようとしていた時のことです。オリジナルをベンチマークするのは当然としても作られて半世紀以上経っている個体をリファレンスとして良いのか…という迷いがありました。更に言えば個体差(周波数特性だけでなく能率差)も大きく何が正しいWE755Aの音なのか分からず逡巡していた時、ある有名なヴィンテージオーディオマニアの方が完全未使用(NOS/NIB)のWE755Aを複数持っているので、それを評価用に使ってみてはどうか?という大変有難い申し出を頂きました。
喜び勇んで東京に出向き、シール(封印)すら切られていないWE755Aの新品をサブロク大の平面バッフルにマウントして私が当時持っていた使いこまれた個体と比較した時の驚愕は今でも忘れません。WE755Aをして”飴色の豊潤な低域”と評した方がいましたが、その新品のWE755Aから出た音は潤いの欠片もない、言い換えれば低域の全くない干乾びた貧しい音だったのです。
それは故 長島達夫先生がジェンセンG610B(同軸3ウェイシステム)を最初聴いた時に仰ったと言われる「怪鳥の哭き声のような音」,「耳から血が出るような音」(※正確な表現ではないかもしれませんが、ニュアンスとしてはこんな筆致だったと思います)もかくや…と思うほどの尖鋭的な音でありました。一番ショックを受けたのは当のご本人。宝物のように大切にしてきた世界中探しても幾つも無いに違いないWE755Aの新品が永い時間の経過のなかでこんな見えざる劣化が起きているとは全く思っていなかった訳ですから。
その後も同じような事例にたくさん遭遇してきました。そして時にはアンプに対しての疑義に繋がる不幸な場合もなかった訳ではありません。繰り返しになりますがオーディオ機器は”使ってこそ”その魅力を長く保持できるもの。Tさんのスピーカーは40Hz~120Hzのワーブルトーンでかなり大きなパワーを入れて強制的に長時間エージングすることでかなり状況は好転する筈。しばらくスピーカーをお預かりすることにしました。多少なりともウーハーが動くようになって以前のように良い音で音楽を楽しめるようになってほしいものですね。