GWの総仕上げは
SV-S1616D/多極管仕様→300B仕様へのコンバージョン(載せ替え)です。

このキットが空前のヒット商品となったのは皆さんご存じの通り品番に込められた1616、つまり”イロイロ楽しめる”という開発思想に共鳴下さる方が非常に多かったことは申し上げるまでもありません。16シリーズ第一号機のSV-S1616D発売当時から
【製作後の仕様変更について】
本キットは製作後、別の真空管仕様(例:KT88→300B)に変更も可能です。必要なパーツ類の内容、価格等についてはキット組立説明書に記載してございます。
とアナウンスしております。具体的には真空管を除き
300Bパック:14,000円(税別)
多極管パック:10,000円(税別)
※配線材一式1,000円(税別),ネジ一式2,000円(税別)別途
でコンバージョン用のパーツセットをご用意しており多数のお客さまが1台のアンプで多極管と300B両方の音色を楽しまれています。ご入用の方は
こちらからお申し付け頂け下さい(S1616D販売履歴のある方を対象とさせて頂いております)。
今日はKT150仕様を実際に300B仕様に変更するプロセスをご紹介していきます。多極管仕様の組立は
2015年12月のブログでご紹介しておりますので併読頂ければと思います。

これが作業開始前の多極管仕様の配線状況です。

少々後ろ髪を引かれながらサブプレートA(電力増幅部),サブプレートB(電圧増幅部),自己バイアスユニットを外します。

これが取り外したユニット。いずれ戻す時のために保管しておきます。では早速サブプレートBの組立から作業を進めていきます。
プリント基板と異なり手配線は常に1~2工程先までイメージすることが非常に重要になります。組立マニュアルの実体配線図を見ながら”ここはあとでパーツが来る場所だな"とか、”この場所は後々配線が混み合う場所だな”とイマジネーションを膨らませながら作業を行う楽しさ(と難しさ)が手配線の醍醐味。今日は逐一作業手順を追いかけることはしませんが、”これは知っておくと便利”というポイントを共有したいと思います。

手配線がプリント基板と一番違うのは、信号経路が基板上に予め印刷されているプリント基板に対して手配線は全て自分でやらなければならないこと。日ごろ会社でキットの修理報告書の承認を行っていますが、レポートのなかで一番多い文言が「ハンダが不完全でパーツ(配線)を引っ張ると抜けた」という下り。つまり私どもでお預かりするキットの不具合の最大の要因が単純なハンダ不良だという訳です。
その意味で非常に重要なのは一工程ごとにチェックを行うことです。上の写真では電圧増幅段のヒーター配線を行った後に導通確認を行っているところですが、後からまとめてやろうと思っても完全なチェックは実際不可能なので都度行って頂きたいと思います。この積み重ねが結果的に良いアンプを完成させる決め手の一つとなります。
その意味で是非覚えておいていただきたいのが”からげ(ひっかけ)配線”です。これは何かと言うと手配線アンプで必ず登場するラグ板を使用した中継配線あるいはラグ(真空管ソケット)などへ配線やパーツをハンダづけする際に事前に固定しておくことです。

上の写真のラグの左端二箇所を注目いただくと電圧増幅段のヒーター配線(灰/白)がラグ板に中継されていることが分かります。重要なのは線材の末端をラグに差し込んだ後、固定のために”からげる”ことなのです。写真では単純に末端部を折り曲げているだけですが、MILスペック(軍調達規格)では文字通り完全にからげてからハンダすることが厳密にルール化されています。
皆さんの中にはハンダづけによってAとBが電気的に導通すると思っておられる方がいらっしゃるかもしれませんが、それは必ずしも正確とは言えません。正しくは”AとBは物理的につながっていて、その状態を安定的に長期に保持するためにハンダづけが必要”と考えると納得頂けるかもしれません。よくハンダで音が変わるか?という議論がありますが、正確に言えばAとB(あるいはC,Dも含めて)物理的に接触していればハンダを経由して信号が伝播するという要素は除外できる筈でハンダの物性が音質に与える影響というものはそれほど大きくないと考えることも出来ます。
もちろん良い物性のものを使うことに異論は全くありませんが、それ以上に大切なもの(こと)もたくさんあることを手配線を通じて体験頂くことで様々あるオーディオの呪縛からご自身を解き放つことが出来るかもしれません。それほどまでに手配線アンプを作るということは大きな意味があると考えてます。

その他、これは大したことではありませんが、手配線アンプでは三次元的にパーツや配線材が交錯するのでパーツ類のレイアウトが非常に重要で見た目的にも無視できない要素となります。上に書いた”からげ”でパーツをある程度ハンダづけ前に半固定することは出来ますが、実際やってみるとハンダしようと思った瞬間に抵抗がコロンと回ってしまって位置決めが上手くいかずにイラっとした…という方も多い筈。そういう場合は身の回りの工具などを駆使してパーツ位置を決めて予備ハンダしてからしっかりからげて本ハンダというやり方がベターです。
手配線は見た目も重要です。美しく配線され整然とパーツがレイアウトされたアンプは静特性も良く概して音も良いもの。最初は長い時間がかかるものですが、それこそ一日一工程づつやって一ヶ月かけて完成…ぐらいのつもりでやれば大概うまくいくものです。

組立マニュアルから抜粋した実体図。これだけ見ると気後れしそうですが、考えてみれば単純なハンダづけ作業の積み重ねであって一遍にこれをやる訳ではないのです。前回のポスト同様”正確に、速く、美しく”の優先順位を肝に銘じて自分のスピードで作れば良いのです。

その結果出来上がったサブプレートBとフィラメント電源プレート。昔私が作っていたころ、上のようなサブプレート(サブシャーシ)形式のキットは多くありませんでした。全ての機構部品,パーツをシャーシに直付けするのはかなり大変でしたので手元作業がし易いようにサブプレート形式にしたことでユニット単位でコンバージョン出来るという副次的メリットも生まれました。

これがサブプレートA。カップリングは
Del Ritmo 0.22uF(手持ちの旧タイプ)を投入。ここまで約7時間。いよいよこれからシャーシへの再実装です。


今日の2枚目の写真と見比べていただくと300B仕様がDC点火になっていることで機構的にも複雑になってパーツも増えていることが分かります。多極管仕様と300B仕様では電源部の配線も変わっていますので、逐一チェックしながら確実に配線変更を行っていきます。
基本的に”人間は間違う生き物”と思って自らを疑ってかかる必要な工程ですので結構ストレスフルな作業ですが、万一ここで配線間違いを見逃して高価な300Bにダメージを与えたり電源トランスを断線させてしまっては何にもなりません。念には念を入れて何度も見直してから通電です。

人間でいうところの健康診断。必ず電圧測定はやりましょう。一次側が105Vと今日はやや高めの割に+B電圧が低めなのは理由があります。実はやってみたかったことがあったのです。

何の変哲もないS1616D/300B仕様ですが、よく見ると整流管が標準の5AR4でなく274Bに替わっていることに気付かれたでしょうか。S1616Dではダイオードモジュール(標準)と整流管(オプション)が選択でき、整流管の場合は5AR4指定となっています。詳細は
このポストを参照下さい。
整流管にも直熱と傍熱があり世代的に後から出てきた傍熱タイプの方がレギュレーションが良く出力電圧が高く出ます。言い換えれば旧い世代の直熱整流管の方が内部抵抗が高く(管内降下電圧が大きく)出力電圧が低くなります。上の測定結果はその為でもある訳です。しかし性能が劣る筈の直熱整流管の方が音が良い、という方が多いのもこの趣味の奥深いところ。今回そのトライを行ってみました。
これには重大な注意事項があります。整流管の性能を維持するための重要な設計上の指標に”コンデンサーインプット容量”があります。ちなみに5AR4は60uF以下であるのに対し274Bは10uF以下でなければなりません。この違いは大きく仮に5AR4用に設計されたアンプに274Bを使用するとラッシュカレント(突入電流)が過大となり整流管が破壊するか極めて寿命が短くなるかのいずれかです。
ではS1616Dのインプット容量は何uFかというと50uF。つまり5AR4は〇ですが274Bは✖✖…じゃあ単純に容量を10uFに下げてしまえ!というのは早計でしかありません。容量を下げると整流時のリップル(交流分)除去能力まで下がってしまい、結果残留ノイズが多めとなります(誤解なきよう申し上げますが274Bを使ったアンプがノイズ的に不利という訳ではありませんので念のため。あくまで5AR4用のアンプを274B仕様に変更したという仮定に基づいた話です)。

実際聴いてみると聴感上は大きな差異はありませんが、測定上はやはり容量を10uFに下げたことで残留ノイズが5AR4と比較してコンマ数mV増えています。いくら耳では分からないとはいえデータ的に容認できないものを世の中に出す訳にはいかないので明日にも5AR4に戻すつもり…それまで暫し完成の余韻に浸りつつ残り1日となったGWを楽しみたいと思います。
予想以上に時間がかかりましたがやはり手配線の楽しさと完成後の達成感はプライスレス!です。