今日は昨年10月以来の疑問が解決した事を書きたいと思います。
皆さんは”マスタークロック”については既によくご存じだろうと思います。簡単にいえばデジタル機器が宿命的にもつ”ジッター”(時間軸方向での信号波形の揺らぎ)を低減させる目的で使用される機器で元々はスタジオ環境で使われていたもの。それが民生機に拡がりを見せてきたのはここ10年位のことです。特に複数のデジタル機器(例えばCDトランスポート+DAコンバータ)を一台のマスタークロックで”同期”することで見かけ上の(機器間の
相対的な)ジッターがほぼゼロになることで特に音のフォーカス,音場再生に極めて大きなメリットがあることから急速に普及してきました。
そしてここ数年話題に上るようになってきたのが”10MHz(以下10M)クロック”と呼ばれる機器です。これはハイレゾの普及と密接な関係があります。サンプリングレート,ビットレゾリューションが上がる事でより高いクロック精度が機器側に求められることとなり、ジッターによるアナログ復調時の時間軸の揺らぎを原因とした音場の曇りや解像度の低下を避けるには限界までジッターを抑え込む必要が生じます。
マスタークロックの精度を更に高めると同時に安定させる為に設置(追加)されるのが10Mクロックと言われる一連の製品です。大雑把に言って通常のデジタル機器のクロック誤差は数ppm(以上)ありマスタークロックによって0.1~1ppm程度まで改善されます。CD再生ではこれで十分なレベルといえますがハイレゾ(特にPCM 192k以上, DSD 5.6M以上)では0.1ppmでも不十分と言われており、10Mクロックによって絶対的ジッターを減少させることで本来の音質を得る必要が出てきます。10Mクロックではppmドメインでの数値よりも1Hzにおける”位相ノイズ”で評価することが一般的で、10Mクロックを謳う以上プロスペックとしては最低でも-100dBc/Hz以上である必要があると言われています。
10Mクロックには大きく2つの形式があります。一つは”アトミッククロック”と呼ばれるもので、セシウム,ルビジウムが主に用いられ極めて安定度の高い固有周波数によって特に高信頼性が求められる通信衛星,標準時の決定や身近なところで言えば携帯電話の基地局などに使用されるものです。アトミッククロックの最大のメリットは長期安定性であり、少なくとも数年以上連続して安定動作が必須である機器に主に使用されるべきものです。アトミッククロックは一般に非常に高価ですが一部に中古ユニットを使用した廉価の製品も見られるようですが校正が不十分では本来の性能は発揮できません。
対してオーディオ用途で一般的なのはOCXO(Oven Controlled Crystal Oscillator)と呼ばれる形式です。水晶振動子を恒温槽(オーブン)に入れ、ヒーターで水晶振動子を一定温度に保つ構造の最も高精度な水晶発振器です。電源を入れてから本来の精度が出るまでに10分以上の時間が必要という側面はありますが、反復して電源をON/OFFするオーディオ機器ではOCXOが一般的で価格もアトミッククロックに対してリーズナブルです。
私自身ここ数年アトミッククロックを使ってきました。携帯電話基地局のクロックを流用したもので公称位相ノイズ-105dBc/Hz@1Hz(最高-115dBc/Hz@100Hz)というものです。MC-3+USB単独使用時よりも音のエッジが立ちながらもデジタル特有の硬さがないところが気に入っていたのですが、昨年10月にMUTECから10Mクロックが出るというアナウンスがあり暮れに最初のデモ機が私どもに送られてきました。それが”
Ref10”です。
(画像提供:ヒビノインターサウンド株式会社)
問題はそこからでした。輸入元作成の仕様書を見るとドイツ国内でハンドメイドされた超低位相ノイズOCXO使用と謳われていて価格は税込40万円程度。正直OCXOなら他にもっと廉価なものが幾らでもあるし既にルビジウムを使っているので正直あまり興味が湧かなかったというのが本音でした。ただ折角デモ機を送って頂いた以上は少なくとも印象を報告する義務がありますので、まずはMC-3+USBに接続してみたところ、自分の耳ではどう聴いても現用のルビジウムよりも音が良い。良いという言い方が適切でなければ非常に滑らかで一部の10Mクロックに見られるヒリヒリした感じが全くありません。
試しに背景を説明せずに何人かにブラインドホールドで”どちらが良い?”と訊いたところやはりRef10の方が良いという人が多く自分の中で大きな混乱が始まりました。なぜOCXOがアトミックに勝つのか?…商品としてはもちろん魅力的。でも会社で扱う以上は単に音が良いだけでは説明がつかない。ちゃんと理屈(理由)が説明できないものは売るべきではないと考え、申し訳なかったですが一旦デモ機をお返ししました。ただ輸入元には”この滑らかな音には必ず理由がある筈だから是非本国に問い合わせて欲しい。その回答が理論的に納得できるもので販売元としてお客さんにきちんと説明できる内容であれば直ぐにでも扱いたい”とお詫びがてら申し上げておきました。
その後、何度か”本国から回答は?”と照会したのですが特に情報もなく時間が過ぎていきました。聞けば売上は好調とのこと…購入された方は音を聴いて別の製品と比較したうえで買っておられるのでしょうが私どもは通販基本ですので、その差異を言葉で表明できることが求められます。もやもやしながらもRef10は諦めるか…と思っていた頃、ドイツから輸入元経由で未公表の資料が送られてきました。それを見て初めて納得がいったというか肚(はら)に落ちたというか自分の聴いた感じとデータが一致したことを確認しました。ただいかにも半年は長かった…というのが偽らざる気持ちです。
輸入元にもう一度デモ機をお借り出来ないかとお願いして約一ヶ月。実勢価格約40万円という価格は決して安いものではないですが私どもで扱うべき製品であるという結論に達しました。内部の写真も撮っていますのでご覧ください。
写真右側がリア(出力側)です。左に見える黒い円形状のものがトロイダルコアの電源トランス。その隣に見えるコンデンサーはリップルフィルター(平滑用)ですが、驚くべきは写真上の厳重にシールドされた超大型のノイズフィルター。これを見ただけでもデジタル機器における電源ノイズと音質の関連性の大きさを理解することが出来ます。
そしてこれがRef10の心臓部である恒温槽。”Ultra-low P.N."と書かれていますがP.N.は恐らく”Phase Noise”(位相ノイズ)の略でしょう。ちなみにRef10は電源ONでパイロットランプが点滅、オーブンが安定すると常時点灯に変化しますが、デモ機では一分弱でスタンバイが解除されました。ただこの状態で恒温槽を触っても僅かに温かい程度で温度的に安定するまでは数分はかかると理解した方が良さそうです。
なお10Mクロック/マスタークロック間の接続はBNCケーブルを使用することが一般的でインピーダンスは75Ωが多いのですが一部に50Ω終端で設計されている製品もあるので注意が必要です。75Ωのところに50Ω(あるいは逆)のBNCを使っても音が出ないということはありませんが10Mクロックのように-100dBクラスの精度を標榜する製品にとっては50Ωと75Ωは大きな差異です。そこでRef10では接続されるマスタークロックの仕様に合わせて50Ω出力(2系統)と75Ω出力(6系統)が装備されています。ちなみにMC-3+USBは75Ω仕様です。
面白いのは全8系統の出力のうち未使用の出力は無効化(OFF)できることで、実際使ってみると未使用出力を無効化した時の方が聴感上のSNが改善されることでした。既にRef10をお使いの方には是非お奨めしたいと思います。
そして最後に私どもが半年遅れでRef10を扱う決定的な情報はこのグラフから得たものでした。
クロックの命ともいえる位相ノイズの比較グラフです。Ref10以外の製品名は消去させて頂きましたが橙色のグラフは超高級品としてグローバルに知られるもので日本での販売価格はゆうに300万円を超えるものです。また緑色のグラフは非常に知名度の高いルビジウムクロックで世界中のスタジオで稼働しているものです。
私の現用のルビジウムクロックは1Hz時こそ-105dBc/Hzですがこれらのサンプルと異なり100Hz以上の位相ノイズが増えるバスタブ型の挙動を示しており安定性の面では不十分であることも同時に確認できました。その結果Ref10の方が音質的に優れていると感じられた訳です。
なおグラフからは分かりませんがRef10はクロック出力信号の立ち上がり時間(エッジの急峻さ)を最重要視しており非常に高いスルーレートでリップルが最も少ない”矩形波”で出力しています。多くの10Mクロックが正弦波出力であることを考えるとMUTECの澄み切った音の秘密はこの受信側でのジッターを最小化する矩形波出力にも一因がありそうです。
現在は色々なDAコンバーターでRef10を試しているところ。アナログという言葉が”連続した”という意味の言葉であることを改めて感じさせる極めて滑らかな音質の素晴らしさを満喫しています。
今月末までには販売できる体制を整えて皆さんにご案内させて頂きます。試聴室にも常備しますので是非聴きにいらっしゃって下さい。