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心の眼

今日はMさんとのお付き合いの話…Mさんと出会ったのは10年以上前でしょうか?きっかけは他の方と同じように試聴のお申し出を頂いたこと。普通にご予約を受けて当日お待ちしていたらタクシーから降りてこられたMさんは白い杖をお持ちでした。

これは前にもどこかで書いたかもしれません。私どものお客さまには光を失われた方が少なからずいらっしゃいます。そして例外なく非常に鋭敏な耳をお持ちの方ばかりです。五感は互いに補完し合う、というのは本当の話なんでしょう…今回Mさんから伺ったのは”片側からノイズが出ているんですが…”というものでした。

この手のご相談は日常的に頂きます。ノイズが両チャンネルから出ていれば電源部,片チャンネルであれば増幅部という見当をつけます。多くの場合は”左(右)だけなんですが…”というお話になるので、その場合は真空管を疑って初段→ドライブ段→出力段の順に左右入れ替えてみて下さい、とお願いします。一遍にやるとどの球が悪さをしているか特定できません。そして或るタイミングで今まで左(右)から出ていたノイズが反対側に移動したら、その直前に入れ替えた真空管が疑わしいということになります。これでアンプを修理に出さずに済んだ、という方が今までどれだけいたか分かりません。

少々紛らわしいのが真空管自体の不具合でなく偶発的な(あるいは経年による)接触不良です。真空管のピンやソケットはごく長期的に見れば表面に酸化被膜が生成しますし、何かのきっかけでピン/ソケット間の接触が損なわれる可能性も考えられます。逆に言えば昨日まで出ていたノイズが今日消えてしまうこともあり得る訳です。

今日お邪魔したMさん宅のJB300B(JB-320LMの前身)もそうでした。少なくとも私の耳には不具合を疑うようなノイズは聴こえてきません。しかし今までのお付き合いの中で、私が何も言わずに真空管を替えるだけで”こちらの方が抜けが良いですね”とか”こちらの方が中低域が豊かですね”と瞬時に聴き分けられるMさんのことだから、きっと何か変化をお感じになったに違いない…そう思って真空管を全部抜いてみます。
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テレフンケンECC83(ダイヤマーク), Golden Dragon EL84, Prime 300B ver.5の組合せ。目視では特に異常はありませんし、ゲッターもしっかり残っています。サテどうするか…と思いながら行ったのが真空管のピン洗浄。上に書いた僅かな接触抵抗の介在を疑いました。

これも過去書いたことですが、いわゆる接点復活剤は決して使ってはいけません。最終的には残った油分が埃を集めることになりますし、樹脂部分への浸潤によって機械的故障を招く場合もあります。ずっと前のことですが845ソケットに接点復活剤をスプレーしたことで900V以上かかっているプレートと他の電極が通電中にレアショート状態となりアンプが瞬間的に壊れた事例を見たことがあります。想像するだけでも背筋が冷たくなる話です。

私どもが使うのは”無水アルコール(エタノール)”です。いわゆるオーディオ的音質改善効果はありませんが確実に汚れが取れますし短時間に乾燥しますのでたいへん好都合です。丁寧に磨くと綿棒が真っ黒になるくらい汚れが取れる場合もあり、特にヴィンテージ球には有効です。なおソケット側は太めの歯間ブラシを使うと便利です。

こうして全ての真空管のピンをピカピカに磨いて再度実装して電源ON。Mさんは”ああ!”と感嘆の声をあげられました。Mさんの仰る音の劣化はこれだったのか…私の作業を見ずしても音を聴けばMさんには一目瞭然。真っ黒になった綿棒は見えなくてもMさんの心の眼は全てを見通していたのでしょう。
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復活したJB300B。これからもハーベスとアコースティック・ラボのスピーカーを麗しい音で鳴らしてくれることでしょう。
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そしてSV-192PRO。真空管はMullard CV4003に替えられています。これが入って一段とヴォーカルとクラシックがよく鳴るようになりました。

いつも感心するのがMさん宅のリビングのお掃除が実に行き届いていること。盲導犬と一緒に住んでおられるのですが埃ひとつ落ちているのを見たことがありません。Mさんと同じように光を失われた奥さまは何の苦も無くお料理もなさる方。いつも忘れていた何かを教えられているような気持ちになるMさんとのひと時。これからもずっと仲良しでいられたらと思います。



by audiokaleidoscope | 2018-05-25 17:57 | オーディオ

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