潮目という言葉があります。元々の意味は温度の異なる海流がぶつかる場所の境目のことで暖流と寒流の境界線であることから転じて情勢(状況)の変化を意味する言葉としてもよく使われます。
人生にも何回かの潮目があります。すごく一生懸命やっていても物事が上手く行かない時もあれば普通にしていてもトントン拍子に進んでいくこともある…自分としては何も変わっていないつもりでも環境や状況によって結果が全く違ったものになる経験は誰しもがすることではないでしょうか。
自分に照らして考えてみると結局はその時々に自分の周りにいる”人の縁”がとても重要であったと感じています。人間関係というのは複雑で”選べる関係性”もあれば”選べない関係性”もある…求めても繋がれない関係性もあれば切りたくても切れない関係性もある。そんな大小様々な渦が複雑に絡み合って私たちの日々が構成され自分は真っすぐ歩いているつもりでも見えない潮に押し流されていて気がついてみると思ってもみなかった自分が居た…なんてこともあるのが人生でしょう。
私は元々単にモノを作るのが好きで理屈も分からずゲルマニウムラジオに始まりインターフォンやトランシーバーのキットを作ることに病みつきな子供であった訳ですが、まさか自分がこういう仕事をやるとは全く思っていませんでした。子供の頃の作文で”将来の夢”みたいな事を書いた経験は誰にもありますが、私は当時人体の不思議,宇宙の不思議,電気の不思議そのどれかに関わってみたいと書いた記憶があります。そういう意味では今の自分は幸せなのかもしれません。
もちろんオーディオの仕事は夢のある素晴らしい仕事な訳ですが、とりわけ何が好きかといえば日々沢山の同好の士と交流できることが何よりの糧になっていると感じます。特にこの10年ほどは音楽制作や演奏を生業としている方からご縁を沢山いただいてオーディオを聴く側の視点からだけでなく演る側の視点からも交えて俯瞰的に見ることが出来るようになった部分も少しはあったかもしれません。それも全て人の縁。出会いによって知らず知らずのうちに学ばせて頂いているのだと思います。
今日5月16日。一人の友人のCDがリリースされます。きっかけは何だったのか…特に意識することなく年に何回か顔を合わせる機会があり、そのうちイベントや番組でご一緒させて頂くことになる程度の間柄であった訳ですが、或るオフ会で私がその友人を或るエンジニアに紹介したところ、知らない間に話が進んで友人の新譜をそのエンジニアが録るということになった事を聞いた時の驚きは今でも忘れません。まさに縁起珍妙…偶然の出会いが人生の潮目になることもある、言い換えれば自分の力で潮目は変えられるんだということを教えてくれた出来事でした。
その友人は
井筒香奈江さん。レジェンド高田英男さんのエンジニアリングでソニー乃木坂スタジオで録られた新作が今日発売されます。私が言うのもおかしなことですが彼女はどこかのプロダクションに属する訳でもない、メジャーレーベルがバックについている訳でもない一人のフリーのシンガーです。
その彼女が自分の力でどんどん潮目を作って日本屈指のスタジオで日本屈指のレコーディングエンジニアのサポートを得てセルフプロデュースで新譜を出す…この痛快な”事件”を友人の一人として心から祝福したいと思います。