ピリス引退公演 in Suntory Hall

収録終わりでゲストTさんと一緒にアークヒルズへ。前回収録でマリア・ジョアン・ピリス(ピレシュ)引退発表に触れ彼女の曲をかけました。まさかその最後のピリスの生演奏を聴けるとは…ご縁に感謝です。
b0350085_08193429.jpg
席は2階最前列。サントリーホールで最も音の良い場所の一つです。今回サントリー公演は2回。一本はオール・ベートーヴェン、もう一本はオール・モーツァルト。Tさんと私が聴いたのは

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第8番 ハ短調 Op.13 「悲愴」
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番 ニ短調 Op.31-2 「テンペスト」
intermission
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111
encore
ベートーヴェン:6つのバガテルOp.126 より 第5曲 クアジ・アレグレット

という内容でした。

前半は深い森を独り逍遥するような内省的な穏やかさが印象的。満席のホール全体が波を打ったような静けさのなか、静かにピリスの演奏が展開されていきます。まるでそれは彼女の半生を演奏を通じて回顧しているかのような美しく時に哀愁を帯びたタッチでありました。

インターミッションを挟み始まった32番。立ち上がりこそ前半と同じ空気感を引き継いでいたものの、1楽章後半から突如といってもいいほどタッチが変化…眼下の一階席でも、それまで深く頭(こうべ)を垂れて聴き入っていた聴衆が目線をステージに上げて何かが始まろうとしている、その瞬間を確認しているようでした。

これは私も経験があります。試聴会などでデモを行う時いつもと同じことをやっているように見えて実は毎回やる側の気持ちは大きく変動しています。それは機材の調子であったり部屋のアコーステイックというような外的なものでなく、デモを聴いて下さっている皆さんの客席から返ってくる無言のエネルギーに此方も知らず知らずのうちに大きく反応しているからなのでしょう。

デモ終わりで”今日の講演は良かったです”とか言って下さる方が多い時は、私が良かったのではなく聴いて下さる皆さんの気持ちがある一方向にぐっと集中してパワー(一体感)が生まれてくるから…これは実に不思議なことです。誰かが何かを言うとか掛ける曲が違うから…という話ではなく場の”気”が高まるというか、今まで感じていた僅かな物音が一切自分の意識から飛んで音だけがそこに居る感覚とでもいいましょうか。ピリスのタッチが変わって聴こえたのは聴衆と彼女の間に何かがつながった瞬間だったのかもしれません。いままで聴いた32番のなかで最も心に深く刻み込まれた演奏で、特に2楽章第4変奏の美しさは今後も忘れることがないでしょう。

アンコールのバガデルはリラックスしてチャーミング。まるで彼女が微笑みながら歌っているかのような軽やかさと諧謔性がコース料理のあとチョコレートケーキとカプチーノを喫しているような心地よさでした。終わることのない万雷の拍手とスタンディングオベーションが彼女の最後の日本公演と彼女のピアニストとしての半生を讃えていた…そんな素敵なひと時でした。



by audiokaleidoscope | 2018-04-12 23:59 | オーディオ

SUNVALLEY audio公式ブログです。新製品情報,イベント情報などの新着情報のほか、真空管オーディオ愛好家の皆様に向けた耳寄り情報を発信して参ります。


by SUNVALLEY audio
カレンダー
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30