取材と宴が終わり、明けて日本コロムビア 南麻布スタジオへ。

目的は二つ。先日ここにお納めしたSV-192PRO(D/Aコンバーター)についての稼働に関するニーズの把握、そして昨年から個人的に大注目している
ORTプロセスのまさに作業の現場を見学させていただき、その音の秘密を迫りたい…と思っていたのですが、実際それ以上の…私にとってだけでなく、わが国の音の歴史の過去,現在,未来の全てが詰まっている”音の殿堂”そのものでありました。
写真に”Studio & Archive”と書いてありますね。ここは所謂レコーディングスタジオではなくトラックダウン,ミキシング,マスタリング等の工程を主に行うところ。そしてアーカイブというのは日本コロムビア創業100年以上の歴史のなかで生まれ愛されてきた膨大な音源を最新のデジタイズ技術によって半永久的に保存するための作業を指します。
ここはメインスタジオの一つ。確かフルアナログプロセスで作業が必要な音源はここでやるんです…というご説明ではなかったかな?スタジオだけでも作業目的によって幾つにも分かれています。ここのメインモニターはB&WのMATRIX801ですが、どこのスタジオに行っても必ず目にする
GENELECや近年注目を集めている
musikelectronic geithain(ムジーク)がインストールされているスタジオもありました。恐らくここでSV-192PROがヴォーカル音源のマスタリングに使われることになるのでしょう。
ここの責任者でもあるFさんとエンジニアのTさんに
番組ゲストとして登場して下さったのが1年ちょっと前。番組のなかで取り上げたORTプロセスの考え方に共鳴し、直後の東京試聴会ではORT音源だけで構成したデモを行ったり、先月の試聴会でも客席にいらっしゃった
Fさんに急遽ご登場いただいてORT技術について説明して頂いたり、急速に密接な関係性になって本日に至った訳です。
Tさん曰く、”スタジオの命はD/Aとモニター”。その心臓部に採用いただけて光栄の極みです。
ここがTさんのスタジオ。ここでORT音源が日々生まれている訳ですが、改めて簡単に申し上げると音源(マスター)がデジタルでしか残っていない音源の失われた高調波(倍音)を再生成して付加することによりアナログ的な自然な質感を蘇らせる為の技術がORT。
ここから先は企業秘密になりますので私から詳細を申し上げる訳にはいきませんが、ごく簡単に言うと可聴帯域外(20kHz以上)に元々存在していたであろう偶数次の倍音(二次,四次)を加えるというもの。ポイントは二次の高調波と四次の高調波のバランスと位相。僅か数サンプル(CD音源でいえば1サンプル=1/44000)の高域の位相をずらしただけでも空気感が変化するのが耳で分かります。
Fさんによればこれをパラメータ化するのではなく元の音源一つ一つに最適化するため全て耳で確認してフィックスするのだそう。気の遠くなるような職人の匠(たくみ)としか言いようのない世界ですが、我々的に言えばクロスオーバー20kHzのスーパーツィーターを1mmオーダーで前後させることで音場の出方が変わるのに極めて近い世界といえばナルホド!と思っていただけるかも。要はそれを原音源レベルで最適化するのがORTといえるでしょう。
話はここで終わりませんでした。日本コロムビアといえば
明治43年(1910年)に(株)日本蓄音器商会として発足(F.W.ホーン社長)。「シンホニー」「ローヤル」「アメリカン」「ユニバーサル」「グローブ」などのレーベルによる片面盤発売や「ニッポノホン」蓄音器4機種発売(初めての国産機)という輝かしい歴史をもつ老舗です。その100年余の歴史のなかで生まれた音源が全てここで管理されている、まさに私たちにとってのここは音のエルドラド(黄金郷)。垂涎のお宝がそこかしこに…。

STUDERはじめアナログコンソールが何台も。今でも完璧にメンテされていてアナログマスター音源のデジタルアーカイブ用に日常的に稼動しているのだそう。夢のような世界です。
見せていただいたマスターの一つ。INDEXに書かれていたデータから恐らくROUGH & ELEGANCE/稲垣次郎のマスターテープと思われます。ちなみにこれはPCM録音用の2インチVTRのテープだそうで、CDのfs=44.1kHzも映像規格に準拠して決まったレートとのことでした。
Tさんによれば”どれだけあるか私でも分からない”ほどの量。Fさんに是非どこかのイベントで”マスターテープを聴く”というタイトルでデモをやりましょう!と提案しました。聴いてみたいですよね!オリジナル盤どころの騒ぎでない、まさに全ての音源の元がマスターテープなんですから。
そして日本コロムビアという会社が最近プレゼンスを大いに上げているのがLPのカッティング。特に音に拘るアーティストがLPを切る時にコロムビアさんの門を叩いています。例えば井筒香奈江さんの”時のまにまにV”。例えばウイリアムス浩子さんの”My Room”。最近は他社からのオファでLPを切る機会がどんどん増えているというのは嬉しい話です。

これがノイマン(独)のカッターレース。70年代の製品ですが当然現役バリバリです!
カッターヘッドSX74。まさか実物が見られるとは!!
携帯で撮影させていただいた溝の顕微鏡写真。SX74がこの溝を切っているんです。溝の深さ,幅など全てが音に影響をおよぼす極めてデリケートな世界。感動的ですね!
そしてこんなものも。これは国内最初期のフルディスクリート(!)デジタルレコーダー。70年代のものでまだレッドブック(CD規格)が制定される遥か前。レートは独自の47.25kHz/13bit。これもまだキチンとメンテされているというから驚きです。このレコーダーは1970年代後半にニューヨークに運ばれ、米
国初の商業的デジタル録音としてジャズの8トラックのマルチトラック録音に使用された個体。デジタル録音,CDの世界を拓いたものとして記念碑的なモノといえるでしょう。
最近は合理化という名の下に色々なモノが捨てられ、忘れ去られています。いちど断捨離されたものが戻ってくることは二度とありません。今回お邪魔して日本コロムビアという会社の凄さ、素晴らしさは”残せる強さ”ではないかと感じました。
Fさん(技術部)の部屋には…。

個人のラボもかくや…と思わせる、いい意味でカオス化している作業台。この環境が許されるからこそ色々なものが維持できるのだということを気付かされます。普通は”そんなモン棄ててしまえ!”でお終いですから。

千と千尋の神隠しの薬湯入れのような部品棚。よく見るとスーパーヴィンテージなパーツがゴロゴロ。

その棚の上には当然タマもいっぱいストックされています。何に使うかは…分からない。でも何時か使いたい時のために残しておこう…その余裕と心意気。

その傍らに我がSV-192PROが。さまざまなチェックを経てインストールされる日も近いことでしょう。

このミニチュアハウスみたいなのは最初期の短波ラジオ。当時のハイエンドオーディオですね。

蓄音機と白黒テレビ。聞けば個人の蓄音機やSP盤の蒐集マニアから寄贈の申し出もあるとか。”なるべくそういうものもお預かりしていこうと思っています”という言葉の先に単なる営利企業を超えた志(こころざし)を感じます。

1910年当時のこんな立派な工場。当時の音響技術は先端産業であり、後に国策企業的な側面も生まれました。アメリカではウエスタン,ドイツではテレフンケンがそうだったように日本コロムビアという会社の当時の重要性が偲ばれるパネルです。
私が真空管アンプを通じてモノづくりの素晴らしさを伝えようと思って来年で20年。独りではじめたこの仕事も気がつけば様々な先輩や仲間との接点が生まれ、知らないうちに大海原に小船で漕ぎ出した様な私どもですが、こんな夢の世界に関われただけでも本当に幸せだな…と心から思えた一日でした。Fさん、Tさん、有難うございました!!