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耳は繋がっている

皆さん、おはようございます。

昨日は某大学でのワークショップに参加させて頂きました。医療の現場における音楽(音)の在り様と現状についてそれぞれの立場で議論するというテーマだったのですが、思い出してみれば私が子どもの出産に立ち会った際も、分娩室では小音量でモーツァルトが流れていました。そういう意味では音楽の果たす有用性については既に広く理解されていると思いますが、精神的緩和,リラックスだけでなく積極的治療としての音の活用という部分についても幾つかの事例報告がなされました。

私もこの実例を目の当たりにしたことがあります。知り合いが若くして倒れ、ドクターからは「もっても植物状態でしょう」と宣告を受けました。私を含め仲間としてはただ快復を願い、お見舞いに伺う事しか出来なかったのですが、暫くして親御さんから「多分耳は聴こえてると思うから、いつも聴いていた音楽を聴かせたい」という相談があって、いわゆるMP3プレーヤーに愛聴盤の音源を入れてヘッドフォンで小音量で聴かせる段取りをしました。

外形的には全く反応がない状態が続く中で、親御さんの「必ず還ってくる」という強い信念で、毎日手足をさすり、五感で唯一繋がっていると思われる耳から脳に刺激を与えることを続けておられたのですが、あれは入院してから2ヶ月ほど経った頃だったでしょうか・・・元気だったころやっていた「能」のお囃子の鼓(つづみ)を聴かせていたら、ピクッと手が動いたと親御さんから電話。外科的には手術も出来ない部位での大出血で、正直周囲も寝たきりを覚悟しつつあった頃でもあったので、それはそれは嬉しい出来事でした。
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それから「じゃあ、子どもの頃聴いていたあの音楽は」・・・「最近買ったCDを持ってきたら」・・・以前にも増して音を聴かせようと必死でした。繰り返しになりますが彼女が唯一繋がっていたのは聴覚だけだと思われましたから。

その後、何ヶ月かが過ぎ、ドクターも全く予想だにしなかった意識回復。実にゆっくりしたスピードながらその他の五感(視覚,触覚など)が少しづつ戻ってきて3年ほどで車椅子で外出できるまでに。そして今や右半身に障害が残っているものの、屋内では自分で歩くことも出来るようになり、最初の頃は何を言っているのか分からなくて難儀した口でのコミュニケーションも、今や全く問題なく日常会話まで出来るようになって、ドクターもこんな事例は過去に経験がないと仰っていたと親御さんから伺いました。

今でも思うのは、もしあの時周囲が「もうだめだ」と諦めてしまったら彼女は本当に一生寝たきりだったかもしれないということ。親御さんが「耳は聴こえている」という信念にも似た意思によって音を聴かせ続けなかったら、或いは今日自らの手でモノを触り、自らの口で喋り、自らの目でモノを見ることはなかったのではないかということ・・・決して専門的,直截的な施術だけでなく、私たちにも出来ることがあるのではないかと感じました。

今日のワークショップでは終末医療の現場における緩和ケアの一環としての音楽療法だけでなく、私が目のあたりにしたような緩和を超えて積極的に働きかける音のケアなどの事例紹介に多くの方が関心を寄せておられたように思います。薬のように具体的作用や効果について明示的ではないものの、多くの病気にあってもヒトは耳を通じて外界と繋がり得る状態であるという事はもっと認識されてもいいのかな・・・と感じながら自分も音に関わる仕事をしている以上はどんな形であれ、聴く人の心地よさの向上に寄与できる音を出す必要があることを強く認識した次第です。

とてもよい勉強になりました。



by audiokaleidoscope | 2015-01-26 05:46 | オーディオ

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